「IPOの勝率80%」を1,045銘柄ぶん数えたら、真ん中の成績は別の話をしていた
IPOの記事を読むと、だいたいどこかに「勝率80%」と書いてある。公募価格で買って初値で売れば8割方プラス、という意味だ。
この数字が本当かどうか、2015年から2026年までの全1,045銘柄を銘柄単位で集めて、自分で数えてみた。
結論から言うと、80%という数字自体は正しい。全期間通算で79.9%だった。ただし数え終わったあとに残ったのは、その数字への信頼ではなく、「これは何を測った数字なんだろう」という引っかかりのほうだった。
まず、80%は「ある年の数字」ではない
年ごとに割るとこうなる。
| 年 | 件数 | 勝率 | 平均 | 中央値 | 最大 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2015 | 97 | 86.6% | +83.5% | +46.2% | +433% |
| 2016 | 92 | 76.1% | +64.3% | +37.7% | +373% |
| 2017 | 94 | 89.4% | +107.6% | +87.2% | +518% |
| 2018 | 95 | 84.2% | +99.2% | +66.7% | +989% |
| 2019 | 90 | 85.6% | +71.5% | +45.8% | +372% |
| 2020 | 94 | 74.5% | +128.6% | +67.9% | +1,090% |
| 2021 | 126 | 82.5% | +55.7% | +37.7% | +375% |
| 2022 | 91 | 79.1% | +51.8% | +35.9% | +430% |
| 2023 | 96 | 69.8% | +63.2% | +26.5% | +430% |
| 2024 | 86 | 74.4% | +30.9% | +26.5% | +127% |
| 2025 | 66 | 81.8% | +38.6% | +26.2% | +344% |
| 2026 | 18 | 50.0% | +17.9% | +2.3% | +154% |
| 全期間 | 1,045 | 79.9% | +72.1% | +38.9% | +1,090% |
79.9%は10年通算の平均値であって、どの年にも当てはまる定数ではない。2017年は89.4%、2023年は69.8%。20ポイント近く振れている。
そして2026年は、18件で50.0%。中央値は+2.3%まで落ちている。件数が少ないので断定はできないし、この集計は2026年7月時点のものなので年末までに動く可能性はある。それでも、「80%」を定数だと思って眺めていると見落とす動きではある。
平均と中央値が33ポイント離れている
全期間の平均は+72.1%、中央値は+38.9%。33ポイントの差がある。
差が生まれる理由は分布のかたちにある。上位10%にあたる104銘柄だけで、リターン総額の42.7%を稼いでいた。この104銘柄を外すと、平均は+45.9%まで落ちる。
つまり平均を押し上げているのは一部の跳ねた銘柄で、真ん中にいる人の実感とは別の数字になっている。
同じ話は学術側でも出ている。Kaneko(2026) が1997年から2025年の2,793社を集計した数字では、等加重平均が67.7%なのに対し、調達額で加重すると18.9%まで下がる。3.6分の1だ。金額の大きい案件ほど跳ねていない、という意味になる。
金融庁の公開価格設定プロセスWG報告書も、米国と違って日本では平均値と中央値の乖離が大きいと明記している。
ここからが本題。買えなければ、この数字は自分のものにならない
ここまでの数字には、実は前提が隠れている。全銘柄を等しく買えたら、という前提だ。
現実はそうならない。日本証券業協会の配分規則を読むと、抽選にかけることが義務づけられているのは「個人顧客への配分予定数量の10%以上」だけだった。残りは証券会社の裁量配分でよい。上限まで裁量に寄せれば、最大90%が抽選の外で決まる。
そして裁量で配るなら、良い案件ほど手元の優良顧客に回り、微妙な案件ほど広く抽選に流れる。これはRock(1986)が「ウィナーズカース」と呼んだ構造そのもので、彼のモデルに従えば、当選者が実際に手にするリターンは単純平均を下回ることになる。
問題は、日本ではこの割当の偏りを調整したリターンが計算されていないことだ。学術のサーベイをかけても、日本の割当データでRock仮説を直接検証した研究は見つからなかった。海外にはある。シンガポールは27%が1%に、英国は8.6%が5.14%以下に、イスラエルにいたっては−1.2%まで落ちている(Amihud 2003, JFE)。いずれもブックビルディング導入前の制度下なので、幅の大きさは日本に持ち込めない。持ち込めるのは方向だけだ。
当選確率そのものは各社が公表していないので、観測できない。そこで偏りの強さをいくつか仮定して、感応度を出した。
| 当選の偏り | 期待値(平均) | 期待値(中央値) | 実質勝率 |
|---|---|---|---|
| 偏りなし(実現不可能) | +72.1% | +38.9% | 79.9% |
| 弱い偏り | +36.1% | +11.8% | 65.9% |
| 中程度 | +26.4% | +6.4% | 60.3% |
| 強い偏り | +21.1% | +3.3% | 56.0% |
中央値が+38.9%から+3.3%へ。勝率は80%から56%へ。
強い偏りを仮定したときの数字が現実に近いかどうかは、わからない。仮定なので当然だ。ただ、偏りがゼロという仮定だけは確実に現実ではないことは、配分規則のほうから言える。
数えてみて分かったこと
年次で振れる。平均は一部の銘柄が作っている。そして一番効くのは、そもそも当たるかどうかだった。
「勝率80%」は嘘ではない。ただしあの数字は、全銘柄を等しく買えた人の成績で、そんな人は制度上どこにもいない。
割当データ自体は日本証券業協会が公表している。銘柄ごと・証券会社ごとの抽選当選人数まで出ている。誰でも取れるのに、当選者ベースで集計した例が見当たらない。次はそこを埋めたい。
この記事の数字について
- 集計対象:2015年〜2026年に新規上場した1,045銘柄。初値は始値ベース。取得時点は2026年7月。
- 元データは公開情報を銘柄単位で収集し、自分で集計したもの。公表されている年次集計値との一致は確認済み(2024年 平均+30.9%・勝率74.4%/2025年 勝率81.8%)。
- 引用した研究:Kaneko, T. "Initial Public Offerings in Japan: Updated Statistics" (2026-02) / 金融庁 公開価格設定プロセスWG報告書 (2022-02) / 日本証券業協会 配分規則 / Amihud, Hauser & Kirsh (2003) Journal of Financial Economics。
- 感応度分析の「弱い/中程度/強い偏り」は当選確率を観測できないための仮定値であり、実測値ではない。
免責
本記事は過去に確定した数値の集計と、その解釈を記したものです。特定の銘柄や金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。 将来の値動きを示唆するものでもありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任で行ってください。
出典:金融庁 EDINET(有価証券届出書・有価証券報告書)を加工して作成。EDINET の公開データは公共データ利用規約(第1.0版)に基づき利用しています。 この集計の元データは公開情報を銘柄単位で収集し、自分で集計したものです。
集計日:2026-09-26